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オイラの泉

「マイクロダイエット」減量計画実行中
友人からの依頼
最近ツイッターとフェイスブックばかりでこちらのブログにはとんとご無沙汰でした。連携してくれればこちらも記事でいっぱいになるんだけどなぁ(苦笑)
さてさて某地方で公務員として活躍する友人から以下のようメッセージをもらいました。

「安楽死、のどか、買い物弱者、高齢者等々田舎でよく聞く​言葉はほぼ外側の言葉。田舎という言葉も。
常に我々は外側の価値観で自分たちの不足を嘆く。
では自分たちの言葉とは?言葉がそもそも我々自身のため​にあるものでなく、常に外側にあるもと考えれば、その文​化の中で生きている以上我々が我々自身の価値観と言葉で​生きる事は不可能なのか。田舎が都会の呪縛から解き放た​れることはないのか。
藤井先生この文章何点?ちょっと勉強のために真面目に採​点して(笑)赤点なら教えてくれんでエエし。」


私からの回答は以下の通り
「何として採点しようか?「出題者の要求」がなければ採点​は難しいもんでな。たとえばこれがいわゆる大学入試の「​小論文」として「『田舎』も可能性について自分の考えを​論じなさい」だとしたら…
知識面…大学受験生としては「A」。よく本を読んでいそ​う。
表現面…「B」。「自分たちの言葉を持たない。したがっ​て自分たちの価値観を持てない。」という論理であれば「​我々自身の価値観と言葉で生きる事は不可能」のところを​「我々自身の言葉で、つまりは我々自身の価値観で生きる​ことは不可能」とかの方がかっこええなぁ。
主張内容、思考・発想面…ここの評価が辛くなるかな。「​Cマイナス」とか(笑)「自分たちの言葉とは?」あるい​「都会の呪縛から解き放たれることはないのか」に対して​、思い切って自分なりの答えを出せたらええな。これから​大学で学ぶ若者らしく(笑)たったひとつの「正解」と言​われるような答えは求められんから、論理的に筋道通せば​多少思い切った「結論」を出した方がええ。
俺だったらたとえば「高齢者」という漢語に対して「年寄​」というやまとことばをぶつけて前者はマイナス価値、後​者には従来プラスの価値があったではないか、なんて切り​口から入って、例示もそれに合わせてセレクトし直すとか​いうせこい手を使うかなぁ(笑)そうすればそれなりの「​結論」や「自分の考え」らしきものが導きやすい。
でも「都会の言葉による一方的な価値判断に、田舎の人が​都会の言葉で疑問を投げかける」っていう発想は「『英語​の覇権』に対する異を、非英語圏の人、あるいはマイノリ​ティー言語を母語とする人が世界に向けて唱えるには、英​語を使うしかない」という逆説と同じ面白さを感じました​。出題者の要求が大学受験レベルの「意見論述」ではなく​、「読むものをはっとさせる、読むものに考えるきっかけ​を与える、おとなな文章を書きなさい」であれば特Aです​よ(^o^)/」

みなさんはどうお考えになるでしょう。「田舎」について、そして小論文入試や大学受験について。
ちなみにダイエットは順調に進んでいます。データは詳細なものを近日公開!
# by sjfujii | 2011-07-30 03:55
嵐塾
うちの高2になる娘、NHKやジャニーズ事務所の承諾を得て、「ふるさと」(昨年末紅白で嵐が歌ったオリジナルソング)を被災地の方々と歌う、というプロジェクトを準備中。昨日はその準備も兼ねて東京ドームで行われた嵐のチャリティーイベント「嵐塾」に。「ふるさと」ニューバージョンも披露されたらしく、大満足で帰ってきました。
# by sjfujii | 2011-06-27 19:47
福島県相馬市にて


相馬高校、原町高校に行って来ました。特別研修後は東大医科研の上先生、坪倉先生、東レ研究員の高﨑さん、星槎グループのみなさん、そして相馬高校教職員のみなさんとご一緒し、情報交換。ラジオ福島、大和田新さんの番組では被災地の教育、受験生へのアドバイスについてお話しさせていただきました。
また、私としては現地に踏みとどまって頑張っている若者たちの輝きに可能性を感じるとともに、教育の体制を充実させることで、福島の、そして東北の次の百年を担う人材を地元で育てられるようにせねばならないとあらためて感じました。
たとえば東大、オックスフォード、ハーバード、ケンブリッジなどの地震、津波、放射線に関する研究施設などを誘致するところからはじめて、世界的な研究都市として再生させるとか…とにかく地元の方々を主体として、我々国民は全面的にバックアップしていかねばならない。
私は福島に踏みとどまって頑張りたい若者、世界に羽ばたいて福島について語れる若者…みんなの夢の実現のお手伝い。

# by sjfujii | 2011-06-26 23:33
ある中学校の野球部
ある中学校の野球部のお話。

小学校時代から数々の苦難を乗り越えた、ある中学校野球部の三年生。
彼らの小学生時代を見守った少年野球コーチたちは彼らを本当に愛しています。
あるコーチは彼らの最後の夏が始まる前日、涙目になって
「あいつらに勝たせてやりたい。勝ってもらいたい…」
と東北訛りの声を震わせました。
監督はじめ誰もかれもが彼らを応援してくれました…

15の夏…彼らは全力を尽くして頑張りました。
# by sjfujii | 2011-06-08 16:29
利己主義と個人主義
私のTwitter上でのつぶやきについて多くの問い合わせをいただきましたので、こちらで説明させていただきます。

まず利己主義は文字通り「自己を、あるいは自己ばかりを利する考え方や姿勢」というところで納得いただけるかと思います。いわば「我田引水」的な考え方です。
ですから「利己主義の塊である集団主義」は、自己の利益を守るためだけに集団を重視する考え方。ピンと来なかったら、「自分がイジメられないようにイジメッ子グループに属する子ども」とか「国家の重大事について多数決をとる時に、『どの考えがよいか』ではなく『みんながどの考えを選ぶか』を考えて、自分がマイノリティーにならないことを優先する政治家」あたりを例に考えてみていただければと思います。

次に個人主義。これはいろいろな考え方があるのを承知で、あえて私の考え方を示しますと、「自立的で自律的な個人のあり方を尊重する考え方」です。そもそも英語の「individual」の訳語として19世紀末に福地桜痴が作り出した訳語が「個人」という日本語で、それ以前にはその語も概念もなかったわけですから、日本人にはそもそもちょっと難しいはず。でも「自由と責任」「権利と義務」などの意識を備えた強い個人であることは今の日本人、これからの日本社会に求められるもののひとつであると考えます。
そして重要なのは、個人主義は利己主義とは全く違い、自己を個人として尊重するだけでなく、個人としての他者を尊重する精神でもありうることです。
したがって、「個人が集った集団」「個人主義の上に成り立つ集団主義」もっと言えば「個人として自立した市民によって形成された社会」「強い個人によって成り立つ国家」は、俗に言う「集団主義」「国家主義」とは異なるものではないでしょうか。たとえばそこにある「愛国心」も不健康なものにはならないはずです。

集団主義はシンプルに「集団重視の考え方」として使いましたが、当然「利己主義の塊である集団主義」は、自分の利益を守るためだけに集団であること、自分が集団の一員であることを重視するものとなってしまい、一方「個人主義の上に成り立つ集団主義」では、その集団の成員の幸福のためにその集団自体を大切にする、あるいはその集団を主体的に形成する他者に対するリスペクトを持つといったものになるという違いが生まれると考えます。

典型的な日本人の議論の中では個人主義と利己主義が混同されていることが多いように思います。農耕、ことに水稲耕作を基盤にした日本社会には、これまた独特の「村」的集団主義があり、「個」の強さを全面に押し出すのを嫌う文化があったからでしょうね。「あいつ個人主義的だな」という評価は多くの場合ネガティブなもので、「あいつわがままだな」と同義的に使われている印象があります。だから、同じレベルの語感を持ったもの同士なら通じ合うけど、ある程度正しい語彙力を身に着けた人とそうでない人との会話になると意味が通じない…

ついでに言うなら、為末さんと、その他何人かの方の議論の中にも上記「意味の通じていない」やりとりがあったような印象を、私は受けています。たとえば為末さんが個人主義的立場から発言しているものを、利己的発言と感じた(厳しい言い方をすれば「捉え違いした」)反論が多い。もちろん為末さん自身が強い個人たるために自分に厳しく生きているので、その生きざまを語った時に他者に対して厳しく響くというのもわかるのですが、我々の国を代表して走るだけの人並み外れた努力と経験を積み重ねた人間の言葉に対してはリスペクトを持って、こちらもそれなりの勉強、経験、そして想像力を持って慎重に耳を傾けるべきではないかと考えます(イチロー選手のインタビューを不親切だとか横柄だとかわかりにくいと非難する議論にも似たものがある。前人未到の領域を語っているんだから解りにくくて当然。それでも我々一般人がそれを理解したければ「自分にはわからない次元で語っているかもしれない」という意識を持って注意深く、特に「誤読」のなるべくないように注意深く耳を傾けるしかないのだ)。

な~んてわかった風な口を聞いていますが、「私が為末さんの言っていることをちゃんと理解しているかどうか、あるいは為末さんに反論していた人たちの言っていることをきちんと理解しているかどうかはわからない。各人それぞれにしかわからない真実がある。」というくらいの謙虚な意識は持ってますよ。なんてったって私はそれぞれの「個人」をリスペクトする「個人主義」者ですから(笑)

最後に、私が尊敬している哲学者内田樹先生のHPアドレスを紹介しておきます。国歌国旗の問題についてブログで言及されていますが、私の国家観、私のイメージする個人と国家のあるべき関係に近いものが書かれています。

http://blog.tatsuru.com/
# by sjfujii | 2011-06-02 16:33
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